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チビタベッキア港からローマへ行くなら必ず行きたい「システィーナ礼拝堂」の魅力

システィーナ礼拝堂は、ローマ教皇の公邸であるバチカン宮殿の中にあり、北隣にはサンピエトロ大聖堂があります。1477年~1480年にかけ、もともとバチカン宮殿にあった古い礼拝堂をローマ教皇シクストゥス4世が建て直しさせた建物で、そのシクストゥス4世の名前にちなんでシスティーナ礼拝堂と付けられたそうです。

最初のミサは、聖母マリアに奉献することを表明する式典としてシクストゥス4世が執り行ったと言われており、シクストゥス4世の後からは、システィーナ礼拝堂は宗教的施設とローマ教皇執務室という二つの役割を果たし、現在はローマ教皇を選出するコンクラーヴェの会場として会議が行われています。

クルーズ旅行の際にシスティーナ礼拝堂に行くには、チビタベッキア港からローマへのオプショナルツアーに参加するか、トランスファーに参加する必要があります。チビタベッキア港周辺で時間を過ごすのも良いですが、せっかくローマ・バチカンの近くまできた場合は是非訪れたいですね。ローマ周辺には魅力的な観光名所が多くありますので、クルーズ旅行をより思い出深いものにしてくれるでしょう。その中でも特にシスティーナ礼拝堂は外すことのできない名観光スポットです。

また、館内では静粛を保つ為にガイドによる説明が禁止されているので、事前にこのシスティーナ礼拝堂とはどの様な所なのか知って訪れるのも、より深く感動するためには大切です。本記事と一緒にシスティーナ礼拝堂について理解を深めていきましょう。

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1.バチカン宮殿にある素晴らしい装飾作品のある礼拝堂

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礼拝堂の内部は縦40・93m横13・41m高さ20・70mの三階建てになっています。壁にはコニース(壁を完成させる水平な形作られた突起部)が二列ついていて、壁を三つに分割していて一番上層部にはアーチ型の窓があります。

システィーナ礼拝堂の内部には、盛期ルネサンスを代表するミケランジェロ・ボッティチェッリ・ペルジーノ・ピントゥリッキオなど、盛期ルネサンスを代表する芸術家たちが描いた数々の装飾絵画作品があり、世界的にも有名な礼拝堂となっている場所ということで、あまりの素晴らしさに時が止まってしまいそうですね。

1.歴史あるコンクラーヴェ

1-1.コンクラーヴェとは?

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教皇選挙のことで、カトリック教会においてローマの司教であるローマ教皇を選出する選挙システムがあります。

1-2.どの様な選出方法か?

歴代の教皇たちは、後継者を指名することだけは許されなかったそうです。初代のローマ教皇は、その共同体の創始者によって指名されていたと考えられています。これまでは下記の3つの方法で選出されてきています。

  1. 枢機卿たちがいっせいに新教皇の名前をあげて満場一致した場合、その結果を聖霊の働きによるものとし承認する方法。1621年選出のグレゴリウス15世がこの方法で選ばれました。
  2. 満場一致で選出できなかった場合、妥協で決定することで選挙の泥沼化しそうだと判断したら、枢機卿団の中から選挙委員会を選び選出を主導してもらう方法。1316年選出のヨハネス22世はこれで選ばれました。
  3. 全枢機卿が匿名投票を繰り返して、教皇を選ぶ投票による決定方法

しかし、ヨハネ・パウロ2世により1と2の方法は廃止され、現在は投票のみの決定になりました。

最初は投票者の過半数で教皇に選出となりましたが、その後は3分の2以上(参加者数が3で割り切れない時は1票加算)の投票数で選出になりました。以前は、自分の名前を書くことは禁止されていたがヨハネ・パウロ2世が新しいシステムに変えてからは、自分への投票も認められました。

現在はいかなる場合でも、3分の2以上の得票が必須であるそうで、決まらなければ何回でも投票をおこなうのです。。

1-3.教皇資格

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古代のローマ教皇は男性信徒であればよかったのですが、769年以降からは聖職者に限定され、また時代がたつと今度は枢機卿団のみの資格者が限定となりました。そして、1179年には再び教皇資格を一般信徒にまで広げられました。

ローマ教皇はイタリア人である必要はなくてもいいそうで非イタリア人が教皇に選ばれることもありました。現在は男性信徒であれば、誰でも枢機卿団に選ばれる資格がありますが、実際は司教から選ばれているのがほとんどです。

中世にジョアンナという女性教皇がいたと伝説があるそうですが、それはあくまでも伝説上の人物で今までに女性教皇はいなかったそうです。

1-4.教皇の辞任

教会法で生前辞任も認めてられていますが、過去にはベネディクト16世が生前辞任した一例くらいだと言われており、それ以外は教皇の逝去後であり、通常は死後15日以降におこなわれ、全枢機卿がそろわない場合には、選挙の実施を最高で20日まで伸ばすことが出来ることになっています。

20世紀以前は、カメルレンゴといわれる教皇が生前に指名しておいた枢機卿(教皇不在時は指示をだす役割がある人)が立ち会い、教皇が逝去と判断されるとカメルレンゴが銀のハンマーで教皇の額を静かに叩き、洗礼名で数回よんでも反応がない事を確認する儀式がおこなわれていました。20世紀以降はこの儀式はおこなわれておらず、ヨハネ・パウロ2世の時は臨終後に心電図を20分間測って死の確認をしたのです。
 
2005年以前までは、教皇の死後の確認が終わると「漁夫の指輪」と呼ばれる教皇が文章に押す印章を指から外し、他者の手で不正に使用されないように枢機卿団の前で壊していたそうですが、2005年の枢機卿会議で鉛印ともども破壊されたそうです。

2.煙突の煙

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2-1.コンクラーベの結果を煙の色で知らせます

システィーナ礼拝堂の屋根に煙突が取り付けられる時があります。これは、コンクラーベ(教皇選挙)の結果をこの煙突の煙で、外部の人達に知らせるのです。白い煙は新教皇が決まった時で、黒い煙は決まらなかった時と煙の色で分かるようにしているのです。

煙突は2個備え付けられ1つは枢機卿の投票用紙を燃やして、もう1つは決定・非決定の煙をだすのに使われているのです。

2-2.白と黒の煙はどうやってだしているの?

2005年からは煙に色をつける補助装置が使用され、最近では選出時に限り鐘を鳴らして知らせる方法も取られるようになり、外部の人達は今まで以上に決定か非決定かが分かるようになったのです。

色の出し方は、白い煙は塩素酸カリウムや松ヤニなどを使い、黒い煙は過塩素酸カリウムやアントラセンなどの使用で色付けしていると2013年3月12日バチカンの広報が発表したそうです。

3.15世紀後半ルネサンス期の有名画家たちにより描かれた壁画

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出典:https://commons.wikimedia.org

システィーナ礼拝堂内の壁には当時の、フィレンツェを代表する画家達であるペルジーノ、ボッティチェッリ、ギルランダイオらが、フレスコ壁画(壁に漆喰を塗り、その上から顔料で描いていく手法でやり直しがきかない高度な技術と計画が必要)で1482年~1483年にかけ「旧約聖書」「新約聖書」「モーセの生涯の物語」「キリストの生涯の物語」と歴代のローマ教皇の肖像画を描いたとされている。

そしてローマ教皇ユリウス2世によって命じられ、1508年~1512年にミケランジェロが描いた天井画と、1535年~1541年にかけて描かれたのは絵画作品の頂点とされ、かの有名な「最後の審判」がありこれはローマ教皇クレメンス7世が注文し、教皇パウルス3世が完成を命じたものです。

壁画の配列

システィーナ礼拝堂内の壁画は3層に大きく分けられていて、下層は金銀で描かれたフレスコ画で中層には「モーセの生涯の物語」「キリストの生涯の物語」のフレスコ画になっています。

上層部分は半分に分けての配置で、半分下は歴代のローマ教皇の肖像画の等身大で半分上にはミケランジェロの天井画の一部として、キリストの祖父とされる歴史上の人物たちが描かれ、壁一面が美術館であるかのようですね。

4.最後の審判

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この作品はミケランジェロが1533年~1541年にかけて作ったもので、主祭壇の背後の壁に描いたものです。非常に大規模な作品で1370㎝×1200㎝あり、システィーナ礼拝堂のシスティーナ礼拝堂の主祭壇の壁一面にあるもので、キリストの再臨と現世の終末を天使に囲まれたキリストが、生前の行いによって人々の魂を裁いている情景で左側が天国、そして右側が地獄になっており、400人以上の人物が描かれている大作作品です。

4-1.「最後の審判」をめぐるちょっとした騒動

この作品にはミケランジェロが多くの裸体の人物を描いていて、このことに不道徳であると非難され、「最後の審判」の裸体を隠そうと「イチジクの葉運動」と呼ばれる運動が枢機卿オリヴィエーロ・カラファ とマントヴァ公使セルニーニによって開始されました。

さらにローマ教皇の儀典長ビアジョ・ダ・チェゼーナに、聖なる場所にこの様な裸体画は恥ずべき作品でローマの礼拝堂ではなく、公衆浴場か酒場に飾るべきだと酷評されてしまい、この儀典長ビアジョ・ダ・チェゼーナと不仲であったのもあり「最後の審判」の地獄の裁判官ミノスとして描いてしまったそうです。

4-2.オリジナルの「最後の審判」は上書きされた

この「最後の審判」のオリジナルはその後、描かれていた人物の局所は布で覆われた状態で上書きされ、これを行ったのはミケランジェロの大のお気に入りだったダニエレ・ダ・ヴォルテッラと言う画家でした。今の「最後の審判」は、ミケランジェロが描いた作品と、ダニエレ・ダ・ヴォルテッラによって付け加えられたもので、なんとも複雑な思いになりますね。

4-3.ミケランジェロの自画像も入っている?

この作品にはミケランジェロの自画像が描かれてるのです。「最後の審判」のイエスの右下には、皮剥ぎの刑で殉教した聖バルトロマイがナイフと自身の皮を持った姿が描かれていて、皮の部分がミケランジェロの自画像といわれるので、システィーナ礼拝堂で確認してみたいものです。

5.ラファエロのタペストリー

このタペストリーはローマ教皇レオ10世が1515年に、盛期ルネサンスの三大巨匠と言わたラファエロに命じ、礼拝堂壁面の最下層部を飾るタペストリーのデザインをしたものです。

このデザインしたラファエロという芸術家は、25歳という若さで多くのスポンサーを持っていてローマ教皇も、スポンサーの一人だったと言われていた有名な人だったのです。

5-1.タペストリーに秘められていた思い

タペストリーには二人の思いも込められていたそうです。ラファエロは自身の作品とライバルであったミケランジェロの、作品を比較してもらう絶好の機会であることと、このタペストリーを命じたローマ教皇レオ10世は、前人のローマ教皇ユリウス2世が、ミケランジェロに作品を作らせたことへの対抗心がこのタペストリーにはあるようです。

5-2.タペストリー(壁掛け)

1515年半ばからキリストの言行録の「福音書」「使徒行伝」をモチーフとして「聖ペテロの生涯」と「聖パウロの生涯」をデザインしました。1527年に起きたローマ略奪でラファエロのタペストリーは全て奪われ、貴金属が剥ぎ取られてヨーロッパ中に散らばってしまったが、20世紀後半にシスティーナ礼拝堂に戻されて1983年からまた使われるようになったそうです。

ラファエロのデザイン用の下絵「ラファエロのカルトン」は10点あり、そのうち7点がイギリス王家のロイヤル・コレクションで所蔵していましたが、1865年からロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館に貸し出され展示しているので、間近で見る事ができます。

しかし10点あるうちの3点「聖ステファノの石打ち」と、「パウロの回心」「牢獄の聖パウロ」が残っていないというのがとても残念ですね。

2.ミケランジェロによる天井画・中央部分の創世記の物語

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システィーナ礼拝堂内の中央部分の天井画には、1508年~1512年にかけてローマ教皇ユリウス2世に命じられ、ミケランジェロが描いた〈創世記〉のエピソードからなるフレスコ画で、「天地創造」「アダムとイブ」「ノアの物語」の9場面で描かれたもので、その中でも「アダム創造」の作品で神がアダムに手を差し伸べるところが、絵画史上もっとも有名な場面の1つだと言われています。

そして、この天井画の「光と闇の分離」の神の首から顎にかけて脳幹が「隠し絵」としてあるんです。ミケランジェロは人体を正確に描く為に、遺体の解剖をおこなって医学の知識を身に付けていたそんなんです。

この天井画の依頼が着た時、ミケランジェロは自分は彫刻家なのでと断ったそうですが、そんなミケランジェロが作りだした偉大なる作品が、システィーナ礼拝堂にはあります。

1.光と闇の分離

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神は六日間で世界を創ったと言われ第一日目、創世記の冒頭部分にしるされている神による光と闇の分離をイメージしたもので、作品の中央には神(老人とイメージされていた)の左手の黒い部分は闇を、右手に白っぽい雲のような部分は光を表しているそうで、その周囲には4人の裸体像を描いています。

ここに描かれている裸体像は、システィーナ礼拝堂にある天井画の裸体像の中で最も人気の高いものなんです。

2.天体の創造

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これは4日目、神の命令に従って太陽や月が生まれたのを描いていて、正面を向いている神は真ん中上の黄色い円が太陽で右側の白っぽい円が月を表し、左の後ろ姿の神は差し伸べた手の下で植物が育っていて、月は夜をつかさどるとされ夜の暗いイメージは省いているのです。

この作品では匠に人体の遠近法使っていて、伝統的な静的に神を描き躍動感あふれる姿を表しているとされています。

3.空と水の分離

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この作品は、大地と水の区分や植物の発生などについては触れてなく、神は空中をきままに動き呪文を唱えながら創造行為に夢中になっているよに描かれた、神の行動を描いたものとされています。

4.アダムの創造

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神は土のちりからアダムを創り、命を吹き込んだとされる作品です。

5.アダムとイヴ

〈創世記〉によれば最初に神が作った男女がアダムとイヴでであり、楽園エデンの園を世話をさせるために、アダムとイヴをエデンの園に住まわせました。

6.エヴァの創造

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神はイヴを、アダムの体のあばらから作ったとされています。

7.原罰と楽園追放

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アダムとイヴは楽園にある木の実をどれでも食べていいと神に言われたが、知恵の木(善悪の知識の木の実)の実だけは食べる事を禁じられていたのですが、地上で一番ずる賢い蛇がイヴに禁じられた木の実を食べるようにすすめ、イヴもアダムも禁じられた実を食べてしまったのです。これが最初に人間が犯した、原罪とされています。

木の実を食べたアダムとイヴは自分たちが裸である事に気づき恥ずかしくなり、いちじくの葉で身体を隠したのです。神に知れて楽園から追放されたアダムとイヴは、その後楽園の東側に住むことになりました。

楽園にはもう一つ重要な命の木があり、それを食べさせないように神は智天使ケルビムを派遣し、回る炎の軒を置いたのです。この作品では剣を持ったケルビムが、アダムとイヴを追い払うところが描かれています。

8.ノアの煩祭

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ノアの物語は3つありますが、ミケランジェロは順番を逆にして描いているそうです。この作品は洪水が引いた後、祭壇を作り神に感謝の印として動物の生贄を捧げて、その生贄を神は認めノアは今後2度と、生き物は滅ぼさないと神と約束したのです。

9.大洪水

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アダムとイブそしてその子供たちは、地上に悪を充ち溢れさせてしまったのです。人間の堕落した様子を見て怒り、人間を創ったことを後悔した神は地上の全てを滅ぼすと決めました。

しかし、古代イスラエルの国にノアという正しい人がいて、ただ一人神に従順だったノアに「巨大な舟を作りなさい。そして、あなたの家族とあらゆる動物のオスとメスを2頭連れて方舟に非難しなさい」と神に言われ、方舟にのって7日後に洪水が起こり、それは百五十日間続いて罪深いアダムとイヴの子孫を全滅させました。
 

10.ノアの泥酔

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ノアは洪水後ワインを造る方法を見つけ、ある日ワインを飲みすぎて裸のままで寝てしまったノアに、子供たちが着物をかけてあげる父親への配慮を描いています。ノアの背後には、造ったワインの樽も描かれています。

3.ペンデンディブ部分の預言者と巫女

5か所あるペンデンティヴには天井画の中で最も大きな人物像が描かれていて、ここにはキリストの誕生を予言した旧約聖書の男性の預言者7名と、古代の神殿や寺院に居住していた女性預言者巫女(神託を授かるシビュラといわれています)5名が描かれています。

この作品にあるものとは何だったのでしょう。歴史をたどって見ていきましょう。

1.ヨナ

ユダヤ人の預言者であるヨナは、ニネヴェという大きな町が悪に満ちているから、悔い改めるようにと神様の言葉を伝えなさいと言われたが、神の言葉に従わず神に背を向け舟に乗りこみニネヴェの町から逃れようとしました。

しかし嵐に遭遇してしまい、船員たちはヨナの事情に気づき舟からヨナを海に放りこんでしまい、落とされたヨナは大きな魚に飲み込まれて3日3晩、飲み込まれた魚のお腹の中で祈り続けました。

その祈りが神に届き救い出され、その後は神の言葉に従いニネヴェの町に戻り神の言葉を伝えると、町の人々から始まりニネヴェの王様までもが、悔い改めたという奇跡の物語があります。

2.エレミヤ

神から預言者として命じられたエレミヤは、自分は若いからと辞退しようとしましたが、神は励まし預言者として全うさせようとしました。

前の王が亡くなり、その息子が王になった時エレミヤは「あなたが悪い道を変えなければ、エルサレムは滅ぼされます」と訴えたが、「われわれの町の事を、悪く言ったのだからエレミヤを死刑にすべき」だと言われてしまいますが、エレミヤはそんな事には恐れず「もし、あなたが悪い生き方を改めないのなら神はエルサレムを滅ぼされるでしょう。

そして、私を殺せば何も悪い事をしていない人間を殺すのだと、はっきり知って下さい」と言い、エレミヤは生かされますが悪い道を改めなかったイスラエル人は、バビロンの王がやってきて戦い敗れイスラエル人を、バビロンにしもべとして連れて行ってしまったのです。

3.ペルシアの巫女

ペルシアの巫女はアレクサンダーの偉業を預言したと言われたそうです。ミケランジェロはペルシャの巫女を、年老いた老婆と描いていますがその根拠は分かってなく、背後の人物のぼかしによってペルシアの巫女を強調させる効果をだしていると言われています。

4.エゼキエル

司祭の家で生まれで、捕囚されて5年目の時の30歳に預言者活動をするようにと神に命じられた幻を見て、予言者となり四大預言者の一人となりました。エゼキエルは22年以上の間、預言を続けたが最初は誰も信じてくれなかったそうです。

しかし、エルサレム陥落を予言してからは、信じてもらえるようになったのです。そして捕虜をとかれ、復興の印として寺院を建てることを予言し人々に希望を与えた方なのです。

5.ヨエル

ユダの預言者で、最近地を襲ったいなごによる災害を予言しました。主から終わりの日に襲う恐ろしい日「主の日」の幻を見て、将来の私たち生きる者たちが経験する、差し迫った危機について語り、そしてこれから大変な時代を前に神の前で、悔い改める必要があると教えたそうです。

イスラエルには二つの預言者のタイプがいて、一つは奇跡によって示した預言者ともう一つは、奇跡を行わず神から託されたお告げを知らせる預言者で、ヨエルは後者の預言者だったと言われています。

6.エリュトレイアの巫女

この作品は、表情・紙型・衣服の表現など多様な美しさを持っていて、むき出しの腕はとても素晴らしいと評価されているそうです。そして、このエリュトレイアはトロイアの戦争を預言し、初期の頃のギリシアでは巫女(神託を授かるシビュラ)の名を持つのは彼女だけで、巫女となった最初の人物です。

7.ゼカリヤ

ゼカリアは司祭の子で、ゼカリアという名前は「主に覚えられる」と言う意味で、神殿の立て直しをしているユダヤ人にとっては、慰めの預言をしてくれる人物だったので。

ゼカリアは神殿の工事を再び行う事は、大変な作業で周囲の住民からの圧力もありまた建設をやめてしまいたい気持ちになってしまうユダヤ人に続けて仕事をするようにと、主はゼカリアを通して行わせたと言われています。

8.デルフォイの巫女

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デルフォイの預言は神の言葉だとされ、ギリシャ神話でも触れられていますが人間の歴史でもソクラテスのような重要人物にも影響を与えたとされとされています。

しして、デルフォイの巫女は一人ではなく多数いたとも言われていて、ミケランジェロが描いたのは誰であったかは不明らしいのですが、ミケランジェロが描いた巫女の中では、女性らしい美しさがあると言われているそうです。

9.イザヤ

この作品の、イザヤは旧約聖書の預言者の中で最も偉大な預言者とされ、キリスト教徒にとっても評価の高い方なのです。その理由は、イエス・キリストの登場と救済を最初に預言したのは、イザヤだとの言われがあるからだそうです。

10.クエマの巫女

クエマの巫女は太陽神アポロンに見初められ、アポロンから永遠の命を与えられますが、永遠の若さをお願いするのを忘れてしまい、600年も生きたと言われています。たくましい身体と老婆の顔に圧倒される作品ですね。

11.ダニエル

ダニエルは大預言者の一人で、バビロン捕囚の時代でイスラエルの貴族の少年を王宮に使える者の中に夢解きのできるダニエルがいました。ダニエルは王が見る夢をもとに王とその国の運命を予言し的中させ、滅びるという預言をも的中してしまったがために、警戒されたくさんいるライオンのおりの中に閉じ込められたという有名な逸話もあるそうです。

世界の終末についても預言した記述も残っているです。

12.リビアの巫女

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このリビアの巫女はリビア砂漠のオアシス都市でザウスの神託を人々に伝えていた、フォモノエーという女性だったと言われています。十二人の預言者・巫女のうち最後に描かれたものとされ、そしてミケランジェロの弟子の少年がこの絵のモデルになったという説があるそうです。

4.建物四隅のペンディング部分のエピソード

システィーナ礼拝堂の建物に四隅のペンデンティヴがあり、ミケランジェロはこの場所に「新約聖書」に登場するモーセ・エステル・ダヴィデ・ユディトのイスラエルの民を救済したエピソードを描いた作品があります。救済の素晴らしさを作品の中で見ていきましょう。

1.青銅の蛇

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イスラエルの民が神に不平不満を述べたところ、毒蛇という神からの使いにより災厄という罰を受ける事となり、民が神に許しを願うと神からの言葉を、民族指導者であるモーゼが従い青銅で蛇を作り旗ざおの先に掲げ、この青銅の蛇を見たものは癒しの奇跡を得ることができたと言われています。

この作品の中で、様々な人物像が描かれているのを見ることができます。

2.ハマンの処刑

ハンマの絵画には三つの場面があり、ハンマが処刑される場面・エステルとクセルクセス王がテーブルについている場面・ベットにいるクセルクセス王の場面で、階段に座り込んでいるエステルの養父モルデカイ(ユダヤ人絶滅の布告のきかっけを作った人)が、この三つの場面をまとめる役割をしていので、全てに深い意味が込められた作品なんですね。

3.ダヴィデとゴリアテ

この作品は、羊飼いのダビデが投石機で巨人ゴリアテ倒したが、まだ息があり立ち上がろうとするゴリアテの首を斬るダビデを描いたものです。

4.ユディトとホロフェルネス

ユディトはベツリアの町に住む、裕福な未亡人で大変に美しく、神への信仰が厚かった女性でアッシリア軍を引きいてベツリアの町を包囲したホロフェルネスを誘いだし、ホロフェルネスの頭部を切り落とし布で覆い、待女に担がせた籠にに乗せて運ばせて、ユディト自身はホロフェルネスの屍をみて取り乱してるかのような作品になってます。

システィーナ礼拝堂で芸術に触れる

システィーナ礼拝堂では、素晴らしい作品の数々に酔いしれてしまいそうですね。最後にもう一つ、ミケランジェロの専門であった彫刻のような技術により、作品は凹凸を描くことで立体感を生みだし、まるで天井から天使や神々が下界を覗いているような錯覚になるそうです。

まとめ

クルーズ旅行の魅力は一度の旅行で複数の観光名所を訪れることができることですが、地中海クルーズは特に芸術や歴史を感じさせてくれる観光地が多く、記憶に残るたびになります。チビタベッキア港まで訪れた際には、ぜひローマ・バチカンまで足を伸ばして頂き、システィーナ礼拝堂を始めとする観光名所を楽しんでください。

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